カテゴリ:日々の事。( 7 )

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日本画とは、日本という島国の国で生まれ、そして独自に築き上げた文化と
四季という日本の環境の中で生み出される自然や生活習慣などからも影響された美意識を絵画にしたもの。
そして日本画家は、世界から見ても独特な考えの日本の美意識を絵画という媒体で、今後も後世に残す手段の一つとして存在している。

その意識の抜けた日本画界に、もう一度、見た人が作品に日本という物を直観で感じ、
見ている人が作品に日本特有の四季感などの自然環境を感じれば、
それは立派に日本画として成立する。そんな作品を作り続けたい。

ただ、それだけを目指して。

"Rehabilitation of a moderate's Japanese fine arts is aimed at."

What was produced in the country of an island country called Japan, and carried out the aesthetic sense influenced from the nature produced in the environment of Japan of the culture and the four seasons which were built uniquely, a lifestyle, etc. with the Japanese painting at pictures.
And even if a Japanese-style painter sees from the world, he exists as one of the means which is a medium called pictures and continues to hand down the aesthetic sense of Japan of a peculiar idea to future generations.

On the Japanese painting community from which the consciousness escaped, once again, if the person as whom the person who saw feels a thing called Japan by intuition in a work, and regards it in it feels natural environment, such as a feeling of the four seasons peculiar to Japan, for a work, it will be wonderfully materialized as a Japanese painting.
I would continue liking to make such a work.

However, aim at only it.



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ちょっと新作の制作が少なかった今年。
そんな反省を踏まえて、来年の展示の制作を開始しました。
しかも、久々の揉み紙。
何年振りだろう、、。
ちょっとドキドキな新作。
乞うご期待。
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これは私のアトリエ。
狭いです。
でも今までたくさんの作品を制作してきました。
無論これからも。

川のなかの一本の杭と化したが
絶域の水の冷たさに声もだせない
芸術は忍耐を要求する 

開高健「河は眠らない」より


この言葉の通りかもしれない。
芸術の制作は過酷の条件で忍耐を要求するものだと思います。
でもそれから逃げては何も生まれない。何も得られない。
そう肝に銘じ、これからも作品を作り続けけなくてはいけない。
全ては最高の作品を作り出すという一瞬のために。
ただそれだけを追い求めて、今日も明日も画面に絵筆を入れる日々。
ただそれだけの人生かもしれない。
そう感じる制作の話でした。

それでは本日はここまで。
ご観覧ありがとうございました。

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ちょいと絵以外の話。
それでこれ。
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テナーサックスです。
かれこれもう10年近く勉強しています。
でも腕前は下の上か中の下。
そこまでの腕前ではないです。

しかしサックス本体は一人前の機種。
フランスのセルマー社のスーパーアクション80セリエⅡのGPトーン。
しかも、6年近く前に新品で購入。
値段はえらく高かったです。
その前は下倉楽器のマルカートを使っていました。
そのマルカートの○倍の金額の代物。
ついでにマルカートは10万円くらいで即金で購入。
いやー思い切った買い物でしたな~。
今考えるとね。
でもいい買い物だと断言できるもの。
今でも良かったと持っています。

そんなサックスですが、
上記にも書きましたが、かれこれ10年近く勉強しています。
でも、ちょっと数年はお休みしていましたが、、。
それでも結構な年数だと思います。

でも最初の何年かは独学。

時たまバンドやっていた人たちに混ぜてもらうくらいの事はしていましたけど。
でもそれじゃあー上手くはならない。
なので地元で音楽教室に通い始めたのは2004年の時。
その時に今でも親交のあるお師匠様に出会うのです。
このセルマーも無論、お師匠様のアドバイスで購入。
練習よりもサックスの事の話の方が長いし、盛り上がったのは今でも覚えている事。
と言っても練習もちゃんとしました。
今は違う音楽教室ですが、今いる音楽教室の先生も同じお師匠様。
しみじみと長い付き合いです。

そんなアッサリとした自分のサックス歴。
なぜサックスを始めたかというと、
自分は10代の頃からジョンコルトレーンのファン。
しかもインパルスレーベル時代が特に好き。
というより基本はJAZZは1960年代が好き。
あの独自の暗いサウンドは60年代特有では?と勝手に思っています。
確かに60年代のアメリカの国内事情を考えると特殊ですよね。
公民権運動やベトナム戦争などから来る超大国アメリカの崩壊などを考えれば、
なにか混沌とした世代を背景にした音楽は何か独自な暗さがある音色は納得の物か?
と言ってもジョンコルトレーンはそれを意識していたのは、ちょっと疑問がありますが。
でも晩年の至上のカルテットの解散?あたりからの難解な音楽は時代背景を感じさせずにはいられない物ではと思います。
そんな独自なコルトレーンサウンドをと思い、
怖いもの知らずな若き日の私はお金を貯め、サックスを買う事を決めたのでした。
でもそれから10年近く、コルトレーンサウンドには天文学的な数字的距離な程に程遠い位置にいますけど、、。

そんな腕前の私。
近頃は新しい機種の購入を検討中。
それはアルトサックス。
テナーよりもメジャーなあれです。
でなぜ?
バリバリのロックやフュ―ジョンをやりたいからです。
一時期はモダンJAZZしか聞かなかった私。
でも近頃は色々と喰わず嫌いせずに、様々なジャンルを聞くと、
フュージョンとかも中々いいですな、と思う事に。
こういうジャンルをするにはもっと軽い感じの音の方が良いのではと沸々と思った今日この頃。
それで今アルト購入計画を進めています。
でも中古だけどね、、。
あまりお金が出せません、、。

それでも狙いはセルマー。
中古のいいもので20万円以上。
しかもマウスピースも購入予定。
でなぜ付属のではなく?
それは私は断然メタル派だから。
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上記の写真は今使用しているテナー用のマウスピース。
上はオットーリンクの6番。(8番も所有)
下はボビーデュコフのD7番。
(ついでにリードはバンドレンのJAVA&V16の2半。)
ハッキリと正反対の性質。
判る人には判ると思いますが、
安定した音のオットーリンクと破天荒なデュコフ。
同じテナーとは思えない音が出ます。
と言っても基本はオットーリンク。
スケールやロングトーンなどの基礎練習は勿論、基本どの曲でもこのタイプ。
でも安定性のない暴れ馬のデュコフも使い方やジャンルによっては中々。
特にロック調や以外にもポップスのバラードにはかなりいい。
もっともデビット・サンボーン、ソプラノですが、ケニーGを聞けば判ることかもしれません。
でもやっぱコントロールは最強に難しいです。
音は元々大きいし、よく飛び過ぎた音も結構出ます。
気持ち、、いやかなり静かめに意識した感じで吹かないと、
ヒャー!!的な音になってしまいます。
なので代用のデュコフぽいテナー用マウスピースも購入を検討中。
でもなかなかこれっぽいのは見つからないけどね、、。
SAXZ当たりかなと思いますが、値段が高いよね、、。
リバイユは中々売っていないし、、。
もしお勧めがありましたら教えてください。

そんなマウスピースの話。
テナーに大分逸れましたが、アルトもやはりメタルがいい。
やっぱり王道なヤナギサワか?
でもデュコフのような個性が欲しい、、。
でもコントロール性も欲しい、、。
んーなかなか難しい。
ちょっと当分の間の悩みの種でしょうか?

そんな悩み多きサックスライフ。
時間はかかろうとも、目指すはテナーでコルトレーンでしょうか?
でもソニーロリンズみたいな温かい感じの音も素敵ですよね。
2010年の80歳記念ライブはいい思い出です。
私の住んでいる場所からかなり遠いNHK大阪ホールまで行ったのは、今では楽しい思い出。
短いライブ時間でしたが、温かい音色に包まれた感触は今でも忘れません。
って事は、ベルク・ラーセンも次期マウスピースの候補に入れた方がいいのではと今思いました。

そしてアルトの目指す音は本田雅人さんもいいですね。
まあ、一流サックスプレイヤーの中でも本田さんは別格ですが、、。
本田さんの独自な音とテクは結構すごいの一言。
あとはもう一人のT-スクエアフロントマンの宮崎隆睦さんも独自なメローなサウンドは素敵だと思います。
T-スクエア関係以外では、小林香織さんの音も何か楽しくなるサウンドですよね。
私はPASSING LANEは大好きな曲です。
あとは若手の大西由希子さんも凄いと思います。
ブログや動画を見ると不思議ちゃんな印象ですが、
いざプレイになるとビバップ全開のパワフルなサウンドをかき鳴らす姿は圧巻です。
特にimpressionsに関しては、コルトレーンファンの私ですら衝撃を喰らいました。
あの雰囲気でなんでここまで出来るのだろうと不思議でならないです。
一回くらいお話をしてみたいです。
ご本人見ていたら、コメ欄にお願いします。
というのはネタ!!

それとオールジャンルのサックスも吹きますが、
やはりこの人と言えばソプラノ。
そうケニーG
本当に大好きです。
あのシンプルだけど、暖かい音色は素敵すぎます。
いまでもライブCD&DVDは良く聞いたり見たりしています。
これを聞いて、オリエントというメーカのソプラノを7万円で買った記憶があります。
まあ値段が値段なので、雰囲気だけの物でしたが、、。
一応その時のマウスピースは一丁前のヤナギサワのメタルの5番。
リードはバンドレンのJAVAの3番くらいか?
もう全然使っていないのであれですが、それなりに当時はそのセッティングで楽しんだと思います。
でもテナーでセルマークラス使っていると、ちょっと物足りない。
んーそう考えるとソプラノもほしいな、、。
次はYAMAHAの82Zのシルバーかヤナギサワのスターリングシルバーあたりがいいのでは?
と金のかかる事を考えています。

何はともあれ、ここまで長文を書いてしまうほどに大好きで夢中なサックス。
今後はどういう方向に行くか?
乞うご期待。
それでは、またまた長文な今回。
本日はここまで。
ご観覧ありがとうございました。


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日本画とは日本という島国の国で生まれ、そして独自に築き上げた文化と
四季という日本の環境の中で生み出される自然や生活習慣などからも影響された美意識を絵画にしたもの。
そして日本画家は、世界から見ても独特な考えの日本の美意識を今後も絵画という媒体で、今後も後世に残す手段の一つとして存在している。


前回はこのような言葉を書きました。
この言葉を纏めるのに結構何回も修正しました。
本当に言葉にするのも難しいかもしれないけど、本当にそう思っています。

日本画は直観の美術だと思います。
どうも難しい美術論理をしたい人にはあれかも知れませんけど。

ついでに直観の意味は「哲学で、推理を用いず、直接に対象をとらえること。また、その認識能力。直覚。」「真理を―する」「―力」だそうです。

でもそうでしょう?
見た人が作品に日本という物を直観で感じれば、
見ている人が作品に日本特有の四季感とかの自然環境を感じれば、
それは立派に日本画として成立する。
この一言なんですよね
だけど、美術畑の人は難しくしようとし過ぎかも。
まあ、このような事を書いている私も難しくしているのかもしれないけど。

確かに抽象系や現代系の人は問題提起や見ている人に疑問を持たせてせてから勝負。
みたいな部分があったり、そういう事で成り立っているのでは思います。

でも、そのやり方と日本画のやり方は違う。
簡単に言えばジャンル違い。
ジャンルが違えば見方も変わる。
これは美術にも言える事。

でも今の日本画って、というより美術業界なのかその系統の人なのかは知りませんけど、
小難しく考え過ぎだし、大げさに論議し過ぎです。

日本画はもっと素直に見るものです。
日本画はもっとシンプルに見るものです。

ここまで来ると村上隆さんの文句に聞こえますが、
それはちょっと違うかな?
私はアンチ村上隆ではないです。
あそこまで世界的な活躍ができるのは素直に賞賛に値すると思います。
一方通行的な批判は好きではないし、
その逆も好きではないです。
盲目手的な信者と言ってる割には村上さんの作品の名前を知らない人いますしね、、。

近頃の村上隆さんは日本画をテーマにした展覧会を数多く企画運営しています。
日本画滅亡とか引導とかいうけど、
村上さんって日本画大好きだよね、、。
嫌いだったら、無視すればと思いますが、、
ちょい前でいえばツンデレ
ここまで日本画考えてくれる人は大手の画壇や芸大美大でもいないでしょう、、。
経歴見れば、村上さんの根底はどう考えても日本画ですよね。
作品も思想も。

もう一歩踏み出して、芸大美大の日本画の教授になればいいのに。
と思ってしまうほど、日本画の事を考えてますよね。


本当にそう思いますよ。
芸大時代の事や今まで蓄積した日本画知識。
それにいい意味でも悪い意味でも画壇の事を知っている。
さらに日本画というアートビジネスの事も知っている。
しかも夢物語ではないアートの現実を多く知っている。
あと他人(学生?)に容赦しないし。
でもいい先生になると思いますよ。
単位とかかなり厳しそうですけど。
でも今のファインアート系は緩すぎなんですけどね。
色々な意味で。

ビッシとスパルタで日本画学生を育てる。
こっちの方が今後の日本画にとっては素晴らしいことだと思いますが。
言葉でいうほど簡単ではないし、
村上隆さんも忙しいと思います。
でも展覧会よりはこっちのほうがいいと心から思います。

さて村上隆論はまたの機会にという事で。
また日本画の事。

時折、日本画は膠絵という名前にすればいいと言う人がいます。
ここでハッキリ。

その発言はお門違い。
ついでにお門違いとは「その場所や対象などを取り違えていること」という意味。
この言葉に付きます。
むしろこの一言で終了です。
素材論しかない論議は絵を語る以前だと思います。

上記にも述べましたが、
日本画は直観的なジャンルです。
日本画は精神性の高いジャンルです。


岩絵の具や和紙などはあくまでも手段です。
どんないい画材を使っても、
作品に日本の色彩感覚や美意識や文化を感じなければ意味がない。
それを表現するための手段の一つとして日本画材があると思います。
なので物事の順番が滅茶苦茶です。

以前に素材論全面に論議していた人を見ましたが、
どこどこの国では国の名前をつけた美術ジャンルはない。
では他の国の人が岩絵の具を使うとどうたら、、。
などと言ってましたが、

根本的に国によって文化が違うだろう。
そこの国で育った美意識や色彩感覚は国によって様々。


日本という国の美意識や色彩感覚を表現を追及したジャンルが日本画。
なぜ?他の国の文化と混同させる?
不思議でならない。
もしかしたら墨や岩絵の具などの顔料や紙は古来大陸から来たものだから多国籍。
とでも言いたいのか?
ただ今現在もそうだが、大陸と日本は似てるようで似ていない。
むしろ真逆な部分が多い。
それは美術文化もそう。
じゃあ中国に日本的なお城はあるのか?
日本に紫禁城みたいな城はあるのか?
そんな幼稚な論議になってしまう。

色感一つでも大陸と日本の文化は違いますよね。
あの大陸独自な色彩感覚は日本にはないですよね。
まあ、あるとしたら中華料理屋か一部地域の中華街くらい。
でもそれを見るだけでも違いは判るはずです。
それくらいハッキリと日本画という独自なジャンルは成立するのではと思います。

ここ近年の美術事情をみればかなり多国籍です。
でも必要以上に海外に合わせる必要もないものもあります。
この島国で築き上げられた美意識や文化をグローバルという名のもとに無くすのは反対です。
それにあっちにフラフラな考えは、美術以前に人として疑問です。
まあこういう人間が美術界に多い事、、。
足を着いた考えが無い人が多いから変な素材論になるのかなと危惧してしまいます。
そう考えれば村上隆さんの日本画論は真っ当な方ですかね。
別にファンではないですけどね。

で最後にこの言葉。

日本画とは日本という島国の国で生まれ、そして独自に築き上げた文化と
四季という日本の環境の中で生み出される自然や生活習慣などからも影響された美意識を絵画にしたもの。
そして日本画家は、世界から見ても独特な考えの日本の美意識を今後も絵画という媒体で、今後も後世に残す手段の一つとして存在している。


日本画はもっと素直に見るものです。
日本画はもっとシンプルに見るものです。
そしてもっと純粋に日本画で感動してほしいです。

それでは、またまた長文な今回。
本日はここまで。
ご観覧ありがとうございました。

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久々の「日々の事。」
予め申しますが、これから書くことは、
あくまでも私個人の考え。
反論も多いと思いますが、言論の自由として暖かく見守ってください、、。


で今回はこのお題。
日本画って何?


洋画と並んで日本の代表するジャンルですよね。
でも意外に日本画とはどんなジャンルなんですかと聞かれて、
ハッキリと答えられる人は少ないと思います。
それが有名芸大や有名美大を出た方でも多いと思いますし、
現役の絵描きさんにも少ないかもしれません。

というより私が見たり聞いた人に、日本画の事を具体的な事を言ってくれた人は片手で数える程でした。
その割には「従来の」「今までの」「枠を超えた」などという言葉は俗にいう日本画の世界では多くあります。
というより氾濫し過ぎて飽き飽きな感じです。
しかも、その言葉を被せられた作品の多くは、抽象やアニメ系や半立体の物ばかりです。
別に作品を制作するのに、各自がどの方法を取っても構わないと思います。
まあ確かに私は見る方としても抽象系は好きではありませんけど、、。
でもそれは作り手と見る側の自由。
ただそれを言えるのは、あくまでも美術作品としての事。
ではなぜ?それを日本画というジャンルで発表するのでしょうか?
ハッキリ言って疑問です。
というより判らないです。
確かに日本古来から様式美という抽象性の高いものがありました。
代表例は雲や波などがそれでしょうか?
でも誰から見ても雲ですよね?
誰から見ても波ですよね?
でもいまの俗に言う抽象系日本画に言われる物には、古来からの様式美を感じません。
一言でいえば、素材が岩絵の具なだけ。
もしくは書いた紙が和紙(鳥の子や麻紙)なだけ。

実は昔にそういう系統や俗に言う正統派?の作品を書いている作家さんにその疑問をぶつけてみました。
帰ってきた言葉は、
素材が日本画の素材だから。
出身が日本画専攻、もしくはコース出身だから。

これが一番多かった答えだと記憶しています。
それと自分の表現を実現するにはこの材質がいいと答えた方の気持ちは理解できました。
それと「これは日本画ではなく、私という名のジャンル。」
この言葉を聞いたときはあまりに堂々として素晴らしい考えだと思いました。
でも上記の方の答えは日本画となぜ名乗るという答えにはなっていませんが、
まあ理解できます。
でも理解できない嫌な答えもありました。
簡単に言えば、
○×美術大学日本画なんたらを卒業で偉いから!!
別にそこまで考えて書いたり売ったりしている人間なんていないからいいんだ。
見に来ている人間はそんな事を理解できないレベルだからいいんだ。
誰々先生の生徒だからいいんだ。

でもこれ結構売れている?人が言った言葉。(今は知らないし、興味ないけど)
まあ、ちょい前に流行った言葉で
嫌なら見るな。
今から考えれば時代を超越した言葉だと感心しています。
でも考えて見て欲しいです。
日本画という言葉を看板に商売する気なら、
最低でも自分の商品説明くらいできろよ。
と和装製造販売を商売にしている私からの心からの言葉です。
私が和装製造というジャンルで修行した身から言わせてもらいますと、
日本画という看板を掲げて勝負(商売)するのなら、最低でも和もしくは日本を感じさせないといけないのでは?
簡単に言えば作家一人一人が日本や日本古来からある美意識という枠をあらかじめ作らないといけないのではとシミジミ思います。
まあ、これが難しい事なんですよね。
確かに日本画というジャンルは明治維新から始まった文明開化によって入ってきた西洋美術に対抗するため、もしくは区別するために始まった言葉かもしれません。

でもその名前が今現在も残っている存在理由は何なんだろうです。
今現在の多種多様な社会に、この日本画というジャンルはどのような存在なんだろうと思います。
しかも安易なほどに日本画という言葉が結構氾濫ししています。
今の日本画界を見るとこの答えを見出すのは疑問だらけです、、。
本当に。
悲しいことに、、。
というより私自身は今現在の作家さんの絵ってあまり好きになれないです。
もっとも私自身が目指す作家や作品は下村観山などの俗言う天心系の作家などの明治から昭和初期の人たちが多いです。
いまだに下村観山「小倉山」を見たときの感動は今でも忘れません。
それに川端龍子もいいですね。
あの独自な風貌の絵は癖になる感じです。
そして比較的新しい作家でも加山又造横山操などです。
簡単に言えば現代日本画家というより近代日本画家という言葉があっているかもしれません。
もちろん加山又造横山操は現代の日本画家だと思いますが、
でも何だか違うのです。
今の大多数の日本画の作家さんとは、、。
勿論いい作家さんもいますし、
私の日本画の疑問に答えてくれる人がいたのも事実です。
その人たちの言葉には驚きと感動があったくらいです。
その言葉は今現在でも感謝している言葉です。

では栗原永輔。
あたたは日本画をどう思っているの?

と自分自身に疑問をぶつけてみます。

といっても結構自分の考えを上記に書いたので今更感はありますが、
書かせてもらいます。

日本画とは日本という島国の国で生まれ、そして独自に築き上げた文化と
四季という日本の環境の中で生み出される自然や生活習慣などからも影響された美意識を絵画にしたもの。
そして日本画家は、世界から見ても独特な考えの日本の美意識を今後も絵画という媒体で、今後も後世に残す手段の一つとして存在している。


在り来たりかな、、、?
でも今言えるのはこれくらいです。
ここまで長文書いて、このくらいの答えで本当にごめんなさい。
でも今はそう思って日本画書いています。
上記にも書いた枠を外すという言葉は日本画では使ってほしくないです。
確かにその言葉は何か楽なんですよね。
自分も昔よく使ってましたけど、、。
でも逆に作家一人一人が日本画という枠をそれぞれ作って、そしてその枠をどんどん発展させるのが理想ではと思います。

ちょっと長文書いて疲れました。
またその後の考えなどは後程、書いてみようと思います。
偉そうな事を言って申し訳ないです。
でもそういう考えが作品制作の原動力になっています。
そう疑問に思ったから作品制作を始めたのも事実なので、、。

ということで今回はこれまで。
長文お付き合いありがとうございました。
それではまた。
ご観覧ありがとうございました。

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早いもので今年は残すところは2か月ちょい。
月日が経つのは早い。
とシミジミと思っている今日この頃。
もうそろそろ来年の事を決めなくてはとイソイソと動きまくっています。
そんなこんなな状況で、2013年の予定が第一弾が決まりました。
第一弾は一昨年から展示に参加している。ギャラリーユニグラバスさんの展示です。
その展示名は、昨年も参加した「ユニグラバス展」です。
まだ作品サイズや詳しい日程は決まっていませんが、
後々発表する予定ですので、詳細が分かり次第発表します。
勿論、作品が完成したら、こちらで発表しますのでご期待ください。
また、他にも何箇所か展示が決まりそうなので、
そちらも詳細が分かり次第、お知らせしますのでご期待ください。
年末年始は細々と忙しいここ数年。
今年もそうなりそうです。
でも無事に開催でき、さらに良い作品を皆様に御届けが出来たらと思います。
作品は感動があってもの物だと思っています。
それは制作した自分自身も、そして見てくれる人たちも感じさせなくてはと思います。
それがなければ意味がないと思いながら制作しています。
私の作品で一人でも多くの人が感動し、そして美術を好きになってくれたらと切実に思います。
そんな心情の元で、これから始まる展示と作品制作を続けようと持っています。
是非、作品を見に来てください。
それでは展示会場で会いましょう。
ご観覧ありがとうございました。
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今日から「日々の事」を書き込む事にしました。
理由はブログの内容が味気ないから、、。
実はこのブログを始めたのは、某WEBギャラリーが閉鎖され、
作品を数多く見てもらえる場所が減ったからという理由でした。
なので掲載内容もそのWEBと同じで、どうも内容が硬い、、。
硬い内容で、しかも掲載内容もならこちらとも同じですからね、、。
そう反省したので、このブログは他の掲載サイトとの差別化という意味で、
今月から日々の事を思ったり、感じたりした事を不定期ですが、
色々と書き込もうと思っています。
まあ内容は美術の事や制作や、その他色々だと思います。
そしてハッキリ申し上げます。

長文が多いです。 これは私の特徴です。
そしてこれを読めるのはここだけです。
なのでちょっとお得な感じで、気持ちがユッタリした時や、お暇な時間の時に是非読んでください。
それでは今日からよろしくお願いします。
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